知られざる道東の真実シリーズ9

探検ファイルNO.020


遥かなり、あこがれのポンポン山


探検ファイルNO.010「弟子屈町はおいしい町だった」でも述べたように
我々、道東情報探検隊は

必ずしも、順調に探検しているわけではない。

なんせ、探検ファイルNO.001「謎の巨岩、春採太郎を探せ」からして

大失敗だったのだから・・・。

もちろん、「春採太郎」に関しては、
着々と再チャレンジの準備が進んでいる。

今回は、大失敗で発表できなかった

「ポンポン山」探検

に、果敢にも再チャレンジした探検隊の貴重な「自爆記」である。

そもそも

「ポンポン山」とは何か

どうして「ポンポン山」というのか。

一説によると、

「歩くとポンポン音がする」から

と、いうことなのだが、
それじゃあ、まるで

「かちかち山」じゃあないですか。

うーん、真実を知りたい。

いつものように、地図で説明しよう。

赤部分が屈斜路湖近辺だ。

拡大図



探検決行日(第一回)4月5日(日曜日)

天気:晴れのち雨
参加隊員:「テル」(隊員NO.004)「かがわ」(隊員NO.009)
     「まえけん」(隊員NO.007)「しもぶー」(隊員NO.008)

ようやく4月になり、暖かな日曜日のはずであった。
屈斜路湖畔の仁伏(にぶし)にあるクワハウスの近くに
小さな「ポンポン山」と書いた看板発見。
雪が積もる駐車場に車を止める。
しとしと小雨が降りはじめた。

最悪のコンディション

隊員たちの口数も少なくなってきた。


4月だというのに、

かなり雪が残っている

人が通った跡らしきものもない。
一応、道らしきものはついているのだが・・。
鹿の足跡があるだけ。


雪はますます深くなる。
隊員達のほとんどがスニーカーなので
進むスピードが遅くなる。

足が冷たい。

まるで、拷問だ。


20分ほど歩くと

やっと看板があった

しかし、今まで来た道は
ビニールテープで閉ざされており、
矢印の方向には、

道がない!



とりあえず、
矢印の方向に「かがわ」を偵察に出す。
私「本当にこっちでいいのかなあ」
みんな、返事がない。
しかし、隊員達の気持ちは一つだった。

「帰りたい・・」

その時、「かがわ」の大声

「道、あるぞー!」



確かに道らしき跡がある。
あることは、あるのだが、

雪が深い。

しかも行く手は急な坂になっており、
夏ならともかく

大変危険

うーん、どうしよう。

このまま前進して良いものか・・・。
総隊長は判断に迷った。
「命を賭けた探検は行わない」がモットーだが、
はたして「命を失う」程、危険だろうか

そのとき

「お・おい、これ・・・」

誰かが、大地を指さした。

ちょっと見づらいが、

熊の足跡・・・

おそらく、間違いない。
時期的に、冬眠あけで

腹をすかせているだろう

もう、限界だ
帰ろう・・。


駐車場に戻り
車を転回させる。

こんなに雪が残ってるんですよ。

まったく、北海道の4月は

まだ冬です。





と、いうわけで、
見事に探検に失敗してしまった探検隊。
この、遺恨は探検隊の一人一人の心に

深く刻まれることとなった。

「かがわ」は探検のたびに「ねえ、ポンポン山いつ行くの?」というようになり、
「まえけん」は高専で書かされた「今年の目標」という作文に
「ポンポン山に登りたい」と書いた。

もちろん、総隊長ピエール釧路も
2万5千分の1の地形図は、真っ先に「川湯」を購入し、
事前調査に余念がなかった。


ところが、その「ポンポン山」に行ったことがあるという者が現れた。
一人は隊員NO.002、探検隊創設メンバーだが、一度も探検に参加していない、

ヤキソバンなおきん

彼は高校の宿泊研修でいったらしい。

「たいしたことないですよ」

というのが彼の感想である。

もうひとりは、トドワラ探検以来、探検隊の重要メンバーとなった

奪われたタク

彼は、小学校低学年の頃に行ったという。

「入り口にたぬきの看板があったんですよ」


ん?我々はそんなもの見なかったが・・・。
とにかく、

このまま放ってはおけない。

と、いうことで
雪の心配のない6月に再チャレンジすることになった。

それが、あんなことになろうとは・・・。

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