知られざる道東の真実シリーズ10

探検ファイルNO.021


硫黄山には「裏」がある


世の中は表裏一体。
この世界には数々の「裏」がある。
茶道の「裏千家」は別として、

あまり良いイメージはないようだ。

今は「日本海側」を「裏日本」とはいわないらしいし、
「裏通り」「裏鬼門」「裏山」など、あまり良い感じではない。

しかし、人生の「裏街道」を渡ってきた私(ピエール釧路)としては
日の当たらない、いわゆる「裏モノ」に興味を覚えるのだ。
たとえば「裏ビデオ」「裏本」「裏インターネット」なるものもあるらしいが、

全く興味がないと言えば嘘になる。

みなさんだって、そうでしょう?
あまり説得力がないことも認めるが・・・。
と、いうことで、今回は

「裏硫黄山」

である。
表側の「硫黄山」は吹き上げる噴煙をすぐ近くで見られる
いわゆる観光名所である。
その硫黄山に「裏側」があると知ったのは、「釧路新聞」の記事のおかげである。
記事によると、そこに「ボッケ」も存在するという。

いつものように、地図で説明しよう。

赤部分が屈斜路湖近辺だ。

拡大図



探検決行日(第一回)5月3日(日曜日)

天気:晴れ
参加隊員:「テル」(隊員NO.004)「まえけん」(隊員NO.007)

実は、今回の探検にも、多少の紆余曲折があった。
探検ファイルNO.015「神秘の泉「神の子池」は蒼かった」の時
当初の予定では、「裏硫黄山」から「裏摩周」へとまわる予定であった。
阿寒国立公園の「裏」を探ろうという、もくろみである。

「裏硫黄山」へ行くためには「池ノ湯林道」に入る必要がある。
美留和(びるわ)から硫黄山に抜ける国道391号線の途中に
どの道路地図にもくっきりと道が書かれている。

ところが、我々を阻んだのは、
頑丈な鉄のゲートと、弟子屈営林署が張った掲示であった。
「山火事防止のため、5月末日まで通行を禁止します」
なんてこったい。


そのときは、あっさりと引き下がった。まあ、色々事情もあるのだろう。
通行許可をもらうため、釧路に戻ってからすぐに電話した。

私「あのう、池ノ湯林道に入りたいんですけれども」
営林署「あっ、そうですか。目的は何ですか」
(うっ、まさか「探検です」とは言えない。ごまかすしかないか)
私「あのう、観光です」
営「えっ、観光?・・・観光で許可した例はないなあ」
(ま、まずい。なんとかしなければ)
私「えーと、インターネットで地域の情報を発信しているんですよ。
  それで硫黄山の裏側を紹介しようと思いまして」
営「はあ」
私「まあ、いわば取材みたいなものなんですが」
営「取材ですか・・・」

交渉すると、平日に鍵を取りに来れば貸すとのこと。
しかし、弟子屈町まで取りに行くのは物理的に無理だ。

私「うーん、何とかならないですかね」
営「6月1日からは、一般に開放しているんですが」
私「えっ、それはゲートを開けるってことですよね」
営「はい」
私「!・・じゃあ、6月1日過ぎだったら誰でも自由に入れるんですね」
営「そうです」
私「わかりました。ありがとうございました」


「裏硫黄山」は我々の宿題として残った。
ポンポン山もそうだったが、
こういう感じで、一度探検に失敗すると

ファイトが湧いてくるのが我々の良いところだ。

そのあとに、「自爆」するのもパターンになっているが・・・。

探検決行日(第二回)6月21日(日曜日)

天気:くもり時々小雨
参加隊員:「テル」(隊員NO.004)「まえけん」(隊員NO.007)
     「しもぶー」(隊員NO.008)「かがわ」(隊員NO.009)
     「タク」(隊員NO.011)「丸ちゃん」(隊員NO.018)

前回の探検ファイルNO.020「遥かなり、あこがれのポンポン山」の日である。
まだ、ポンポン山でひどい目にあう前である。
この時は、まだ隊員達の志気は高かった。
一度、林道の入り口を通り過ぎてしまい、戻る。
ところが・・・。

ゲートが閉じている。

しかも、がっちりと鍵がかかっている。

そんなばかな!

そして、冷たい張り紙が・・・。



張り紙の内容が

少しだけ、変わってる!

「5月末」と書いてあった部分が

何故か6月中旬に!

なぜだ!



隊員たちは非難の目で私を見ている。
「閉じてますねえ」と冷たくテルが言い放つ。

「俺は聞いたんだ」

そう、言うしかない。
呆然とすると共に

怒りが満ちてきた。



と、いうわけで
「ポンポン山」での「かがわ」の怒りにも
こんな前置きがあったわけだ。

しかし、許せないのは

弟子屈営林署!

5月の時点で「6月1日から一般に開放します」と言ったのは

嘘だったのか!

こうなったら

意地でも行くぞ「裏硫黄山」


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