誰も行かない釧路の名所シリーズ5

探検ファイルNO.024


お供え山こと「モシリヤチャシ」


「チャシ」と聞いても、本州の人々はピンと来ないに違いない。
一般には、16〜18世紀頃に盛んにつくられた、

アイヌの人々の砦のようなものである。

はっきり、「砦」と言い切れるものではないらしい。
祭りや、談合に使われたことも多かったらしい。
なんか、「のようなもの」だとか、「らしい」だとか、はっきりしないが

アイヌ民族には文字がない。

ので、その歴史はなかなか謎に包まれているのだ。


いつものように、地図で説明しよう。



探検決行日7月12日(日曜日)

天気:くもり時々小雨
参加隊員:「テル」(隊員NO.004)「まえけん」(隊員NO.007)
     「しもぶー」(隊員NO.008)「タク」(隊員NO.011)


実は私(ピエール釧路)は、

釧路市立城山小学校に入学

したわけなのである。
「お供え山」は、その城山小学校のすぐ横にある。
学校の名前のもとにもなっているらしい。

実は、前回ファイルの「仏舎利塔」の目と鼻の先であるので、
探検は、まとめて行わせてもらった。

実は、今回「お供え山」には
登るのは無理だろうと思っていた。
「立ち入り禁止」の看板があった記憶があった。
一応「国の史跡」に指定されているから
今までのパターンなら、入れない。

仏舎利塔から見ると

山というより土手

という感じである。


ところが、行ってみると
確かに全体が柵で囲まれているのだが、
入り口が開いている

立入禁止の看板はない

高さは約20メートル位か
ごらんの通り
仏舎利塔のすぐそばだ。
きれいに芝が刈られている。


釧路市内には
現存する「チャシ」は4つ
春採湖畔の「チャランケチャシ」
桂恋の「フシココタンチャシ」
桂恋「方形チャシ」
そしてこの

「モシリヤチャシ」

宝暦年間に築かれたもので
築いた人物は「トミカラアイノ」である。
(参考文献:釧路新書「釧根歳時記」)



「お供え山」という名前は、
下から見たこの形からついたらしい。

説明用の看板があったが、

鏡みたいで見づらい!

ちょっと、釧路市教育委員会!
なんとかしたほうがいいんじゃないの。




というわけで、

これも、わざわざ見に来るまでもない。

という結論である。

せっかく「国の史跡」に指定されているのだから、

もうちょっと、整備したほうがいいんじゃない?

と、思った。



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