知られざる道東の真実シリーズ21

探検ファイルNO.039


斜里「来運の水」は偶然の幸運を呼ぶ


皆さんは

どんなとき、幸運を感じるだろう。

お金を拾ったとき?それとも宝くじにあたったとき?
アイスを食べていて「もう一本」だったとき?
それとも、競馬やパチンコで大当たりしたときかな?

これまで、我が道東情報探検隊は

数々の不運を味わってきた。

目的地に到達できなかったり、昼食に変なモノを食べてしまったり、
道に迷ったり、歩かなくて良いところを歩かされたり、
あげればきりがない程、ツイていない。

しかし、唯一我々が恵まれているのが

お天気の良さ

なのである。

総隊長たる私(ピエール釧路)は、その脳天気が幸いしてか、
幼き頃より

「お天気みっちゃん」と呼ばれていた。

(探険ファイルNO.26にも書いたが・・)
よく「雨男」(阿部公房の小説ではない)だとか「怪奇雨女」だとか、
天気に恵まれない人の話は良く聞くが、私のような例も珍しいのではないか。

なんと、私は今まで10回以上も摩周湖に行ったが、

「霧の摩周湖」を見たことがない。

結構、自慢して良いのではないかと思う。わっはっは。


と、いうわけで今回は、

予期しない幸運に恵まれた話である。

もちろん、その幸運の前には、
大きなアクシデントがあったのだが・・。



我々、道東情報探検隊が探検する行き先を決めるパターンは各種あるが、
もっとも多いパターンが、「道路地図で見つける」というものだ。
地図上で訳の分からない地名や、知らない名所を見つけると

わくわくしてしまう。

「黄金の滝」の項でも書いたが、「地図好き」の血が騒ぐのだ。

今回の探検の当初の目的地は

「海別千穴」であった。

「海別千穴」は「うなべつせんけつ」と読むらしい。

これは、道路地図で見つけた名所らしき場所で、

場所以外は全く情報がない

まあ、今までもそれで結構うまく(?)やっていたので、
今回も「問題なし」と思ったのだが・・。


いつものように地図で説明しよう。

赤部分が斜里町近辺だ。


拡大図



探検決行日1998年10月11日(日曜日)

天気:晴れ
参加隊員:「テル」(隊員NO.004)「まえけん」(隊員NO.007)
     「けんいち」(隊員NO.019) 

今回は「越川橋梁」の続きである。
危惧されていた雪も少なく、快適なドライブだ。
おまけに、風はちょっと強めだが、

天気はますます良くなってきた。

さすがあ、精進の良い探検隊!

まずは、国道244号線から少しはずれて

朱円ストーンサークルへ

じゃがいも畑がずーっと続いている。

けんいち「このへん、カルビーロードっていうんですよ」

なるほど、あちこちにカルビーの看板が立っている。
ポテトチップスの原料になるじゃがいもらしい。


ストーンサークルの看板です。
どうやら縄文時代につくられたらしい。

説明を読んだが、
何のためにつくられたのか、

いまいち判らず

墓でも住居跡でもないようだ。



ストーンサークルです。

もしかしたら、この遺跡、

縄文版バブル建築?

馬鹿なリーダーが居てさ、
「みんなの為になる」とか言って
だましてつくらさせたんじゃないの。

もし、人類が今いったん滅んで、1万年後に宇宙人が日本にやってきたら、

きっと、不思議がると思う。

なんせ、日本のあちこちにヨーロッパ風の城があって、川には全部ダムがある。
ほとんどの町にパチンコ屋があって、大量の鉄球がストックされている。
おまけに、各所に「愛の鐘」とくりゃ、

火星人もびっくりするわな

宇宙人A「どうしてこの時代のこの場所に、突然こんな建築物が・・」
宇宙人B「しかも、2〜300年前のこの惑星の裏側のものとそっくりだ」
宇宙人C「前の時代との関連性がまるでない」

なんて、分析するんだろうな

宇宙人A「この大量の鉄球は武器?」
宇宙人B「文字が刻印されているが、この列島でしか発見されていない」
宇宙人C「戦争があったのかな?」
宇宙人A「髪の毛の変色した死体の一部からも、小さな鉄球は回収されているようだが」
宇宙人B「それは、”ぴあす”という別のものらしい」
宇宙人C「うーむ、このころこの列島には異人種が侵入したのは確実だな」

てな感じでさ。

宇宙人A「”ギイン”という実力者と”ドケンヤ”という商人が支配してたようだ」
宇宙人B「この建築物全体を”コウキョウジギョウ”と呼んだらしい」
宇宙人C「急に文化レベルが下がった理由は何だろう」
宇宙人A「各地にある”アイノカネ”が脳波に影響をあたえて・・」
宇宙人B「この不愉快な音で洗脳したわけだ」
宇宙人C「この時代の土壌の化学物質濃度を見ろ、これで滅んだんだな」

こう考えてみると今の日本の文化って

すんげえ恥ずかしい状況にあるのでは・・。

未来の歴史家は、今の文化を評してこういうだろう。

「この時代、見るべきモノ無し」




さて、当初の我々の目的地は

「海別千穴」であった。

地図を見る限りでは、「朱円ストーンサークル」から程近い。

ところが、地図を見ながら前進すると、

それらしきモノは全く見あたらない。

仕方なく、近所の酪農家で聞き込み。

私「あの〜この辺に海別千穴ってあるって聞いたんですけど」
農家の人「・・・聞いたことないねえ」
私「地図でみるとすぐ近くなんですけど・・知りません?」
農家の人「知らないねえ」

とりあえず、海岸線沿いにあるはずなので、
以久科原生花園へ向かう。

以久科原生花園です。

時期が悪く、花はほとんど見れなかった。
駐車場から海岸に抜けると、鮭釣りのシーズンで

竿の列・列・列

よくもこんなに並べたもんだ。

海岸の釣り人達に「海別千穴」の位置を聞くが、誰も知らない。
地元だと言う釣り人も「はじめて聞いた」と言う。
海岸を少し歩いてみたが、それらしいものは全く見あたらない。

地図によると、斜里町の郷土資料館があるようなので、そちらに移動。
移動中に、探検ファイルNO.012でゴンザれす小林氏が紹介していた火葬場を発見。

ところが、郷土館のねえちゃんも

「海別千穴」なんて知らないと言うのだ。

道路地図のあたりには、確かに「竪穴式住居」の跡がたくさんあるが、
「千穴」という程ではないらしい。
なにより、草ぼうぼうで、

どこが穴だか判らないらしい。

うーん、そんなものを見ても仕方ない・・。

でも、納得いかねえぞ!
道路地図に書いてあった、あれはじゃあ、

何なのだ?


結局、「海別千穴」は

あきらめる事にした。

しかし、「海別千穴」を目的地にしてきた我々は、

いったいどこへ行けばいいのでしょう。


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