道東情報観光隊シリーズ4

探検ファイルNO.042


知床ウトロ「ゴジラ岩」は泣いているか?



道東の秘境と言えば知床である。
人々は皆、夢とロマンを求めて知床にやってくる。
まあどっちかというと、斜里町ウトロ側にやってくる。
そのため、小さな漁村だったウトロは

一大観光温泉リゾート地になった。

夏の観光シーズンになると、狭い道に車の列が連なり大渋滞。
キャンプ場には、町が一つできる。

しかし、

知床の自然はそれを飲み込んでしまう。

それが、知床の奥深さだ。
国立公園の大半は、直接みることができないのだ。

観光客たちは、「知床のほんのさわり」だけを見て、それでも満足して帰っていく。

いつものように地図で説明しよう。

赤部分が斜里町ウトロ近辺だ。


拡大図



探検決行日1998年11月8日(日曜日)

天気:晴れ
参加隊員:「テル」(隊員NO.004)「まえけん」(隊員NO.007)
     「けんいち」(隊員NO.019) 

今回は特に目的地を定めず、「とりあえず、ウトロ方面行ってみっか」というノリで出発した。
ただ、私(ピエール釧路)には、心に秘めた目的地があった。
それが、ウトロの市街にある

「ゴジラ岩」なのである。




今回も、「流星号」で「けんいちくん」の待つ中標津へ
「まこ都号」は、2回連続の出動となってしまった。
「けんいちくん」のガソリンの負担を考えると大変申し訳ない。

まずは、ウトロの手前にある「オシンコシンの滝」へ

「オシンコシンの滝」です。

道東では、1・2を争う落差である。
水量は、おそらく道東1であろう。

しかも、この滝の横には国道334号線が通り、

ほとんどの観光客が立ち寄る。

当然、俗化もはげしい。
観光バスが何台も止まれる駐車場があり、
どこにでもあるみやげ物を売る店がある。

大きな滝ではあるが

カムイがいない。

私には、大きなダムから落ちる水と同じに見えた。

実は幼少の頃、俗化する前の知床に来て、
この滝を見たことがあった。
海鳴りをかき消すような、激しい水流の響きを

今でも思い出すことがある。

その時には、カムイはいた。



シーズンオフだというのに、観光客で一杯だ。
歩いていて、ふと違和感を感じた。
まわりのおじちゃん・おばちゃんが、何か違うのだ。
うーん、何が違うのか・・・。ん?

日本語を話していない!

実は、我々以外のほとんどの人々が
中国(台湾)からの観光客だったのだ。
雪のない台湾の人々が北海道観光に来ていることは、知っていたが、

囲まれるとは思わなかった。

見て日本人と区別はできないので、
とっても不思議な感じであった。

北海道の観光が国際化してきたということは

大変、結構なことであると思う。

しかし、従来通りのぶったくり観光ではダメだ。

少なくとも、地元の人間が行きたくないような観光地は滅びていくだろう。
観光整備のために、故郷を破壊するような場所に誰が来るというのか。
商業主義に踊らされているとはいえ、人々の意識は確実にかわりつつある。
自分たちが誇れる故郷であれば、人々の心を動かすことができるはずだ。
しかし、現状は・・・。

恥ずかしい限りである。

当然この現状は、道東地区の住民のひとりでもある、

私の責任でもあるはずなのだ。

それは、決して忘れてはいない。



今回、何故私が「ゴジラ岩」を目的としていたかというと、

この岩が壊されてしまうかも知れないからだ。

この岩は観光みやげ物屋街のすぐ近くにあり、
崩壊する可能性があるため、先に壊すらしい。

「ゴジラ岩」だぁ〜!

この岩を壊しちゃうんだぞ。
もったいないよー。
何とかならないのかねえ。
岩の方が先にあったんだからさ、
危険がないところまで家をずらせばいい、というのは

言い過ぎなのかなあ。

とにかく、残して欲しいよ〜。
けんいちくんが四股踏んで頼んでもダメかなあ

「ゴジラ岩」が泣きながら

私の夢枕に立ちそうで怖い。

今回、探検隊にはもう一つ使命があった。
それは、皆さん御存知の観光地を廻る今回、
せめてもの誠意として

写真だけは面白く撮ろう!

と、いうものであった。
間違いのないように書いておくが、

決してふざけているわけではない。

まずは、戦隊ヒーロー「ドートー・スリー」だあ。
まじめに、バカをやっております。


知床旅情の歌碑なーのだ。

実はこの歌、羅臼側の歌なのだが、
観光客および、観光業者にはどうでもいいことだ。

歌う道東探検隊!

どうした、「まえけん」、「けんいちくん」
早くもテンションが落ちているではないか。

これでは、私だけが

まるっきり本物のバカ




この時は、11月。
すでに、知床横断道路は雪に閉ざされている。
ちなみに、産業道路の名目でつくられた知床横断観光道路の現状は

正視できないような有り様である。

いずれ、探検隊が現状をお伝えすることもあろう。

「まこ都号」はウトロ市街を抜け、「知床五湖」方面へ。
夏は、長い渋滞ができる観光名所である。
渋滞の排気ガスで森林に悪影響が及んだため、

夏の交通を規制するらしい。

いっそのこと、スイスのように電気自動車でも通した方が良いのではないだろうか。
(摩周展望台についても、電気自動車は検討されるべきだと思う)

と、言っている間に「知床五湖」に到着。
途中、開拓民が伐採し離農した農地跡が痛々しく残っていた。


「知床五湖」は読んで字のごとく、五つの小さな湖からなる。
そりゃあ、「知床五湖」で湖が3つだったらインチキだわな。
普通、北海道の湖には「アイヌ語地名」がついているのだが、
ここは、あまりにも山深いところだったので、アイヌの人々も湖の存在に気がつかなかったらしい。
そこで、後に湖を発見した和人(北海道以外から移住してきた人々)が、名付けたらしい。

湖は、「一湖」「二湖」「三湖」「四湖」「五湖」と数字がつけられた。
ひどい命名センスだ。名付けたヤツの顔が見たい。
おそらく、面倒くさかったんだろうな。

湖の手前にどでかい駐車場があり、大きく立派な売店が建てられた。
夏にはこの駐車場から、人があふれるのである。
知床の人気がうかがえよう。
この駐車場から、5つの湖に向けて「遊歩道」が延びている。
そのくらいの良心はあったようだ。

時間もないことなので、我々は「一湖」「二湖」「三湖」の3つを廻るショートコースを選択することにした。
遊歩道にはいると、いきなり「熊に注意」の看板。
ここらは、心ない観光客が捨てていくゴミを熊があさるので、実は非常に危険だ。

「一湖」の看板でーす。

深さはたった3mしかない。
いずれは湿原化する運命にあるのだろう。
湖面を覗き込むと、影に驚いた魚が散っていった。
俗化したとはいえ、

まだカムイが居るようだ。



「一湖」の湖面に傾いた日が照りかえる。
息をのむ光景だ。

美しい・・。

湖面を渡る冷たい風のにおい。
草々がささやきあう音しか聞こえない。

これはおそらく、

観光シーズンじゃあ味わえない。

我々だけの幸運。

ところが、すぐに静寂は破られた。

追いかけてくる中国語!

うーん、オシンコシンで会った団体らしい。

あわてて記念撮影

「ドートー・スリー復活!」

追いつかれてはまずい。
大急ぎで前進しました。

というわけで、この先

中国大観光団の影に追われることになる。

うーん、大変まずいことになったな。

日本の恥を見せることになるかも・・・。


次のページ

探検ファイルに戻る

ホームページに戻る